けものみち

絵を描き獣を愛でゲームに興じ研究したい

「不滅のあなたへ」感想と文字について【単行本ネタバレ注意】

 さっそくブログに大穴をあけましたが今日は書きます。そう……なぜなら……「不滅のあなたへ」2巻が発売されたからなんですねえ!やったー!さっそく買ってきましたよ!今回はこの漫画について書こうと思います。

 「不滅のあなたへ」は、「聲の形」の大今先生の新作です。「聲の形」はとても話題になったので、覚えがある人も多いのではないでしょうか。(私は守備範囲外なので読んでなかったのですが少し気になってます)

不滅のあなたへ(1) (講談社コミックス)

不滅のあなたへ(1) (講談社コミックス)

 

「不滅のあなたへ」あらすじ

 本屋さんでの陳列などを見るに、「不滅のあなたへ」は覇権漫画ではありません。

そのため、感想や考察などへ移る前にあらすじを添えておきたいと思います。

 ❝それははじめ球だった。ただの球ではない――ありとあらゆるものの姿を写しとり、変化することができる。私は”それ”をこの地に投げ入れ、観察することにした❞

(単行本1巻1ページ目より。一部読みやすいよう句読点などを補いました)

 この文章からこの漫画は始まります。主人公「それ」は、投げ入れられたあと石の姿を写し取り、ついでコケ、そしてオオカミとさまざまな姿を得ていき、オオカミの姿で歩き出し、ひとりの少年と出会います。その少年は友人であるオオカミの姿をした「それ」を暖かく迎え、旅の供として新天地を目指す……これが1話の概要です。「不滅のあなたへ」全体としては、「それ」が出会いと別れを繰り返す中で、外見や機能だけでなく思想も吸収しながら成長していく物語であると思われます。タイトルの「不滅のあなた」は、姿を写し取ることができ修復機能のために不死である「それ」を指しています。

最後のひとり、はじめのひとり

 *ここからはネタバレがあります。

 先にも述べた1話登場の少年は、「それ」が出会うはじめての人間であり、食事や語ることを「それ」に教えてくれる存在で、2巻現在「それ」が好んでとる人間の姿の持ち主です。しかし、作中ではこの少年の名を知ることはできません。彼は文字を書くことができ、狼にジョアンと名付けているのでおそらく名前があると思われますが、1話では彼の名前を呼んでくれる他者が登場しないため、読者も「それ」も彼の名前を知らないまま別れを迎えます。1話は少年を主人公とすれば救いも何もない話なのですが、ラストで少年の姿と遺志を「それ」が継ぐ(というほど「それ」の思考がこのとき育っているかは不明)シーンで締めくくられるため、読後感も悪くはないです。

 1話を読んでの感想はいくつかありますが、まず表情が上手い!人間の「あ、やっちゃった」「マズいかなぁ」といった細かい表情から瀕死の目までぱっとみてすぐ読み取れる。すごく勉強になります。「それ」こと狼の表情もしっかりついているので主人公の影も薄くなったりはしていません。特に食事の動作を「それ」が真似るシーンは不気味さが出てて最高ですね。

 もう一つ感想を付け加えると、とてもリアルな話だと感じさせられることです。導入は不定形というかよくある感じなのですが、その傍に添えられる少年の人生は、こんなこともあるだろうと思えるものです。少年は主人公たる特別な幸運こそ持っていませんでしたが、その性格や行動は違和感がなく、展開も自然でした。

ままごと少女

 少年と死別し、少年の目指した地の方角へ向かった「それ」は、ままごと遊びが好きな女の子と出会います。マーチという名の少女は「それ」に果物を与え(少年が夢見た「くだもの」を前にした「それ」の反応がどこか無邪気でかわいい)、名前も与えます。不死身なのでフシ。極限状態にあったマーチは明らかにヒトではないフシを受け入れ、そのママになることを決めました。フシは彼女からヒトとしての振る舞いを学んでいきます(少年と共にいたときは生き物らしさを学んでいたと思われる)。このパートで良いと思うところは、マーチが所謂美形キャラではなく、トトロでいうメイのような愛嬌ある普通の女の子なところです(「不滅のあなたへ」は今のところ登場人物が死んでナンボみたいな感じなので、あまり美しい死が続くと安くなる可能性があります)。2巻の表紙も本編を読んだ後だといい感じにむごいです。

フシ

 2巻収録の13話付近では、マーチの影響もあってフシが幼児レベルの言語能力と意思を獲得しています。そして11話で見せた泣きそうな表情(片目の下瞼だけ上がるところがマーチそっくり)のことも考えると、フシは少年のときと同じように、マーチの姿と共にマーチの思考パターン(の残渣)も獲得していると思われます。それによって少年の姿のフシに愛嬌が加えられ、その生前の表情に近づいてきているのが面白いところです。

 そしてそれによって、1巻での「それ」が読者に与えていた「得体のしれないもの、非生物、不気味」などの印象は2巻ではがらりと変わり、「フシ」という「これから成長していく主人公的存在」にしっかり羽化しました。この漫画の1巻の感想では「人外もの好き必見!」のようなアオリも散見されましたが、このままフシが人間性を獲得し続けていくようであれば、不気味さは減っていってしまうかもしれないですね。

文字について

 私がファンタジー系でいつも楽しみにしているものの一つが、その世界固有の文字です。「不滅のあなたへ」でも1話の時点で登場していました。2巻のフシが文字を学ぶ場面でこの文字が日本語の50音と対応していることが示され、表にしてみると子音と母音で文字要素が構成された表音文字であることがわかります。

 少年の文字とヤノメの文字が全く同じなところが気になります。地理的にはけっこう離れているような気がしますし、人種も文化も異なる2者の文字と言語が一致しているのは興味深いですね。そしてその中間に位置すると思われるニナンナには文字がないというのも何か意味があるんでしょうか。

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  黒字は明確に対応が示された字、赤字は記述の文脈から推測されるされる字、鼠色が子音要素と母音要素から予想される字です。表音ぽいので「を」は存在しないかもしれません。汚いけどユルシテ……

 ただこの文字、か行とな行はまだしも、母音うと母音おの区別がかなりし辛いので、母音おの文字にはもっとくるくるカールして欲しいですね。

 これに照らし合わせると色々読めるんですが、なかでもおお?と思ったのがカバー裏です。1巻には「わすれないように」の字の下に、少年とジョアンが描かれています。2巻では表紙側はそのままに裏表紙側にマーチとパロナ,そしてオニグマが追加されました。

 この「わすれないように」は1話で少年が言葉にしたフレーズですが、こうして人物が追加されていくということは、この絵や言葉は少年のものではなく、フシの心象ととらえるのが最も自然だと思われます。パロナが描かれ武器や石が見られないことから、フシが覚えておきたい、忘れたくないと定義した人物のみがここに記録されるのでしょう。そう考えると、3巻以降どのように追加されていくのか楽しみです。(マーチ,パロナ,オニグマはすべて1巻登場なので、フシからの印象の変化によってカバー裏に描かれることになると言えるため)もしかすると今後ハヤセやピオランがカバー裏に登場するかもしれませんね。

まとめ

 というわけで色々書き散らしてみましたが、私が言いたいのは、多少の欝展開を読める人で興味がわいた人は是非読んでみてくださいということだけです。今追っかけてる漫画の中でもかなり好きな作品ですのでなにとぞ……。